わたし好みの新刊 2015年01月
『粒でできた世界』
結城千代子・田中幸/著 太郎次郎社エディタス
ちょっと風変わりな科学の読み物が刊行されだした。題して「ワンダー・ラボラトリ」
シリーズ。「わたしたちの生活に直接役に立つものではないが、まちがいなく潤いと
豊かさを与えてくれる本」というふれこみである。コンパクトで 100頁足らず,中学生
ならすいすいと読めるのではないか。
その第一巻が本書『粒でできた世界』である。著者は『くっつくふしぎ』(福音館書店)
などユニークな本を書いている結城千代子・田中幸さんコンビで,文章も読みやすい。
第一項目は「世界を粒で描く」で粒の世界にまず
最初に点描画のような絵が登場する。ここで「ものはみんな粒でできている」ことが
印象づけられる。次は「流れる水も粒?」とある。水が「粒」の集まり
やって証明するのだろうか。水では電子顕微鏡も使えない。それにはうまい方法が示さ
れている。
このあと身近な原子が紹介されていく。原子の並び方の違い
うことにもふれていく。そして原子の周期表へ。三種類の粒(陽子・中性子・電子)の
違いだけで120近くの原子ができている自然界の不思議を語る。そのあと,原子のくっつ
きかたの違いによる物質の多様性にふれていく。原子のくっつき方をレゴブロックになぞ
らえてイメージをつくる。次はいよいよ,「空気分子はどんなふうに動く?」の話が広がる。
小さなかごにスーパーボールを入れてゆり動かし,分子
の動きがうまくイメージできる。
項が変わって第二項
空気と水の関係を粒を通して楽しく考えさせてくれる。
著者は平林浩さんの話を聞かれたことがもとになって,楽しい科学の世界を描くもとに
なっているとか。楽しい科学の本である。 2014,8刊 1,500円
『希望の牧場』 森 絵都/作 吉田尚令/絵 岩崎書店
人間が作り出した理不尽な現実はもうはるか昔の出来事のように原子力発電所再開の
機運が世論を動かしていく。そんな中,真実の声と絵の力で世論に訴えているのが本書
である。
この本は,2011年3月の東日本大地震のあとの原発事故のあおりで「立ち入り禁止
区域」になったものの,飼育していた牛たちの殺処分にはとうてい妥協できず,今も
牛と共に必死に生きている酪農家の声が語られている。端的な言葉と強いタッチの絵
が読者に強くせまってくる。
「だれもいなくなった町の役場に、オレはのこった。/そりゃ放射能はこわいけど、
しょうがない。だってオレ、牛飼いだからな。」
こうして一人村に残って牛の世話をする酪農家がおられる。しかしまた
「牛たちの殺処分に同意して下さい。/また、役人がいいにきたけど、オレは同意
しなかったよ。」
と酪農家の主張が続く。
「意味をなくしたのは、牛だけじゃないぜ。/町のみんなが住んでいた家。子どもたち
がかよってた学校。/おいしい米がとれるたんぼ。/魚のおよぐ海や川。きれいな空気。
じまんの星空。/すべてが意味をなくした。/そこに、目に見えない放射能があるって
だけで、/町のみんなの故郷がきえた。」
ひとり、ふたりと協力する人が増えた。いつしか「希望の牧場」と呼ばれるようになった。
「けど、弱った牛が死ぬたびに、/ここには絶望しかないような気もする。/希望なん
てあるのかな。/意味はあるのかな。/…/オレたちに意味はあるのかな。」
苦悩の中で生き続けている酪農家の姿が浮き彫りになっている本である。
2014,9刊 1,500円 (西村寿雄)